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(無題)

 投稿者:尾張  投稿日:2007年11月14日(水)17時14分40秒
  ヒットラーを擁護するつもりはないが、
物事には作用と反作用があり、
大戦前には公然と行われていた人種差別が、
ナチスによるホロコーストなどにより、
人種差別をなくそうという世論が高まったことは事実だろう。
 


(無題)

 投稿者:尾張  投稿日:2007年11月14日(水)16時47分1秒
  東京ー安芸の旅は、東海道五十三次と関連があるのだろうか?  
お得なプロバイダーとくとくBB

(無題)

 投稿者:尾張  投稿日:2007年11月14日(水)16時41分39秒
  2chは黄泉の世界?  

大東亜共栄圏

 投稿者:小支那人  投稿日:2007年 3月15日(木)06時20分34秒
  この時にも、日本は支那や韓国を足元にも寄せ付けない程の差を作ってしまった。アジアの旗手として、植民地にされていた、インドや、フィリピンなどの人々は、白人だけが優れていると思われた中に、日本が進出して、アジアの人々に勇気を与えた。支那や朝鮮は自己文化が最高と信じて、姑息に潜んでいた頃である。

 その頃、寒いロシアは、南下政策を取って、支那や朝鮮を占領、また、領土にしようと、南下していた。風前の灯になった二カ国に、援助も兼ねて、それを阻止したのが、日本である。満州国と、朝鮮半島を配下に置いて、南下を阻止したのだ。感謝されもおかしくない譲許なのだ。

 この時の状況からは、最善の方法であった。日本の進出は、西洋のアフリカ諸国のような、人に上下の格差を付ける物ではなく、学校でも対等に対処した。西洋の植民地では、学校はもちろん、公衆トイレまで、別にされていた。

 ロシアが進出して、本当の植民地を体験していれば、支那や韓国が日本の進出を大いに、喜ぶことに成ったであろう。その実例は、インドやフィリピンにある。

 ここで、考えてみよう。インドやフィリピンは、第二次大戦(昭和)まで、植民地であった。日本を盟主と仰ぐ、アジアの国々が生まれていた。植民地を作る西洋と、同化政策を持つ日本では、格段の相違があるから、当然と言える。

 やがて、西洋はアジア人の、日本が国際連盟に対等に参加することに、違和感を持っていて、日本の軍備を削る方向に動き始めた。アジア各地の植民地で、氾濫が出たりするようになったこともあろう。

 西洋とアジアの対決と、西洋で進出の遅れた国との対決が起こってきた。この対決が第二次大戦の根底にある。この戦争を喜んでくれたのは、アジアで植民地なされていた国々である。敗れた日本は最貧国に脱落した。

 人々の罪を背負って貼り付けになったキリストのように、日本は西洋諸国を相手に戦って、アジアの植民地の人々に勇気を与え、黄色人種も白人と同じなのだと思わせた。この戦いに勇気を得たアジアの国々は、武装蜂起して勝利を勝ち取ったのだ。
尖閣諸島日本は領土です
 

メンタルヘルス

 投稿者: あだち  投稿日:2007年 2月19日(月)18時39分46秒
      「こころを強くするメッセージ」のご案内

   ■□■□■□■ 「朝の挨拶が奇蹟をうむ」 ■□■□■□

     今朝心をこめて「お早ようございます」と相手に言葉をかけま
   したか。挨拶は相手との交わりに入る心の扉のノックです。

     交わりが平安であることが「幸福」の第一条件です。夫婦・
   親子・友人の交わり――交わりと関わりが強くなるほど、人々は
   しあわせを積み上げていくものです。

     とくに朝のアイサツはその日・一日の行方を決める大事な言
   動です。朝起きの不機嫌は本人よりも周囲の人間に害をおよぼ
   します。

     それには、悪い言葉・悪意ある言葉をいっさい口にしないこ
   とです。逆に人の徳を高める言葉、相手の益となり助けとなるコ
   トバを語り、相手の喜びとすることです。

     アイサツは相手を察してあげることです。 あなたの気遣いが
   相手の心に届くと、相手もあなたを察してくれるようになります。

     とにかく、朝早くだれにでもいいから「お早よう」の一言をいっ
   てあげること、その日一日中これまでにない奇蹟がうまれます。

   ========== 安達三郎 =========

   私はクリスチャンでも教会員でもありません。 ただ聖書の御言葉
   によって、アル中を癒され・脳梗塞より生還し・サラ金地獄より救
   われたことの「証」をなす者です。
     「新約聖書・ローマ人への手紙・7章」をぜひ熟読ください。
         ヤル気・元気・勇気が与えられます。
 

日本を救済する「良妻賢母の教育」とは 〜その2〜

 投稿者:河内正臣  投稿日:2007年 1月18日(木)12時06分56秒
  女性の役割の拒否
ここで、戦後何故かくも大事な女性の役割が軽視ないしは拒否されてきたのか?を考えてみましょう。
これには、天の深いはかり(許し)があったと考えています。
すなわち、戦前の男尊女卑の根強い思考と、男女差別の社会的慣習を崩壊させるためです。

戦後の日本女性を導いてきた女性のリーダーの多くの人が「結婚しない。しても子供を生まない。生んでも育てない」と言ったように女性の役割をしないで男の価値観で男に負けまいと外の仕事の分野に没頭した人達でした。
彼女たちの主張は、戦前の女性の価値をことごとく否定する激しい内容でした。
確かに、これほどの激しい情熱がなかったら長年の根強い男女差別思想を変えることはなかなか出来なかったと思えるのです。
女性解放の為に一旦は通らざるをえなかった道だといえましょう。
その結果、現在のごとき世情が現出しました。

只今は、古事記(日本書記)に述べられている、イザナミ(女・物質)がイザナギ(男・精神)をリードする状況となり、ヒルコとアワシマが生まれる事態になっているということです。

もういいのではないでしょうか・・・・。
ここらで本当のことに目覚めねばならない天のときが来たようです。
そうせぬ限り、亡国の危機を乗り越えることは絶対に出来ません。
取り返しのつかないことになっては手遅れです。
この意味から、女性に救国の道を開く鍵が握られているといえるのです。

このことが日本の神話で天照大御神という女神(女の役割)が登場し、暗い夜の時代から太陽の出現した明るい夢と希望の昼の時代となり、天の岩戸が開いたということの真(神)意ではないでしょうか。

婦徳とは
辞書には「婦(ふ)徳」と言う言葉があるのに「男(夫)徳」ということばがない天の諭しに気付いてください。
婦(負=ふ)徳の最も大事なことが「負けて勝つ徳」だと考えています。

この世の中は負けて勝つ側がないと成り立つはずがなく、男女平等ということで相互が譲らず損得で突っぱれば破綻が生じるのは当たり前のことです。
戦後の唯物論の男女平等思想によって双方が譲らないため多くの離婚と家庭崩壊が発生しました。

「負けて勝つ」と言うことは、高次元の大人の勝利ということです。

結婚後の姓氏を男性側が名乗ったように、古くから社会通念として女性側が 負けて勝ってくれていたようです。
但し「負けて勝ち」「男を立てる」戦前の女性に対して、男は感謝もせず威張っていたのではないでしょうか。ここを男は反省すべきだと思います。
婦徳を実行する女性は男にとってまことにありがたい存在です。
その女性に対し感謝し、「こんな女性は必ず幸福にする。それが男だ」と自覚し努力すれば相互の尽くし合いが起こり、理想的な男女関係が生まれてきます。

ここで気付いていただきたいことは、男には外の仕事しか行き場がないということです。
現状のように法律で強制し、仕事の条件を平等に持っていこうとする動きは、真の平等とは言えず悪平等になるのではないでしょうか。
勿論、女性の特性を発揮する仕事や、女性が参加することによって、職場が華やぎ、活気づき、良好な環境が生まれることは良いことであり、斯様な思考を基本にして大いに外の仕事に進出して下さい。

これからは、男女平等の思想を、「男の役割の価値と、女の役割の価値は平等」としたらよいのではないかと私は考えています。

亡国の元凶
さて、ここで唯物論での男女平等思想によって、陥っている緊急に目覚め正すべき大事な事を申し上げます。
かつて栄耀栄華をきわめたエジプト、ギリシャ、ローマ文明等々が、完全に滅亡してしまったのは、人間の精神の腐敗・堕落にあり、国の内部から崩壊していったというのです。
この精神の乱れとはイコール性の乱れだといわれています。

人間の一番の欲望は食欲ですが、これが満たされると次は性欲に進み、男女間が自由・平等・芸術等の口実で際限なく乱れていきます。
現在の日本は将にその姿です。
亡国の元凶が性の乱れにあると指摘されています。
この意味から日本も非常な危機状況にあるといえると思います。

現状の男女間の結婚は恋愛結婚が多く、大部分が婚前交渉をしているようです。
女性が結婚前に性の悦びを知れば、結婚しても「子供を生み育てる辛いことは嫌。まず楽しみたい」となってしまいがちです。
ここに少子化の原因の一つがあるのではないでしょうか。

女性はセックスしても、最初頃は悦びをあまり感じないで、子供を生んだ後に感度が良くなり悦びが増すそうです。
これは明らかに、「結婚するまで節操を守り、子供を生んだら立派に育てるために、離婚などしないで健全な家庭を築きなさい」という女性の立場(役割)の本質を、天が諭していると考えられます。

勿論、健全な家庭の構築には夫の協力は不可欠ですが、ここでは現在家庭崩壊が頻発する事情に鑑みて、完全に失われている女性の心構えについて触れました。


処女膜の意味
男の童貞と女の処女は価値が違い決して平等でないと指摘したいのです。

性交渉のあとで、女体(畑)に男の精子(種)が残されます。
その際、処女の女性側の衝撃度ははるかに重いのです。
「男は能動・女は受動」は男女間の本質です。
無論応用は色々あって然りですが、私は男と女の理想像を「男のたくましさと女の優しさを兼ね備えた男らしさ。女の優しさと男の強さを兼ね備えた女らしさ」だと考えています。

日本の古典に、イザナミ(女)がイザナギ(男)を誘うことを戒めているように、守る側の女性が結婚まで貞操を守り安売りしないようにと言う天のさとしが、処女膜の存在だと思えるのです。

高価な絵画・ダイヤモンド等価値あるものは、決して裸で放置することはありません。
額とかケースに入れて大事に保管します。斯様に、

処女膜とは、価値ある女陰(ホト)を守護し、結婚まで大事にしなさいという天のさとしに違いないのです。

何故ならば女陰(ホト)とは神社を象徴しているからです。
鳥居(処女膜)をくぐると参(産)道があり、子宮(子のお宮)に至ります。
神社とは決して汚してはならない新鮮な場であり、神と一体になり、心(精神)を浄め高める場所なのです。
女性がこの意識を持って、処女を結婚まで大事しようと目覚めてくれたら、その気運が急速に社会全般に広がり、性の乱れは一挙に解決していくでしょう。

同時に男性が男らしく立派になってゆきます。
理由は、好きな女性を抱くためには、結婚せねばならず、結婚するには、その女性に好いていただかねばなりません。
そのためには立派になろうという自覚が生じ、男の性のエネルギーが自身の陶治に、そして成長へと向けられる、いわゆる精力善用が成ってくるからであります。

分と順序
男と女は神の子として平等です。
但し「分と順序」があるということです。
この「分と順序」を男と女が認識することは、社会秩序を安定させるために大事なことだと私は考えています。
但し今日の民主主義時代にあって強制してはなりません。
男と女の「分と順序」を理解し自由意志で自主的に行うことです。

前に「負けて勝」側がなかったら、この世は成り立たないと言いました。
「婦徳」といって「負けて勝つ」心掛けを持つ女性に対し、男性側は決して威張らず(威張るのはバカ・幼稚ということ)感謝することが重要です。

女性側が常に負けて勝たねばならないということではありません。
この認識を基本にしながら、男性側が負けて勝つ事も当然であることは言うまでもないことです。

天の岩戸開きの真意
以上色々と述べてきましたが「女ばかり責めて不公平だ!男はどうなのよ!」といった反論があると思います。

本文で「女性は社会の根」だといいました。
根に養分を注げばすべてが蘇るということであり、具体的には「家庭の復活」ということであります。
家庭の健全化はすべての社会悪を消し去っていきます。
いわゆる国家・社会の環境を善化する圧倒的な条件を女性が握っているということです。

女性の目覚めなくして日本の真の再生は絶対にありえないのです。

昔から「男は種、女は畑」と言われているように「畑が乱れていたら、良い種を植えても良い実はなりません。」
反対に「畑が良かったら、悪い種でも良い実が成る」という自然の法則があります。

男の考えは、戦前も戦後も男と女のあり方に関しそんな大きな格差はないようです。
女性は180度変わったといわれています。
その比ゆが「戦後強くなったのが女性と靴下」と言う言葉に示唆されています。
戦後の女性解放運動によって、個性や才能豊かな女性が多数輩出し全女性が自主性を発揮できる社会環境が出来上がったと思います。
それ自体は良いことなのですが、問題はその自主性の方向がエゴに向かっていることです。

前に説明したように、女性解放のためのジェンダーフリーとか男女共同参画条例のような極端な行動にも、時が来るまでの天の深いはかり(許し)があり、今こそ天のときが来たようです。
今一度、女性の方々の意識を180度転換してみてはいかがでしょうか!

「古くて古いものは亡ぶ。新しくて新しいものも亡ぶ。
最も古く日々新なるものは永遠に滅びぬ真の価値だ」といわれます。
それが朝の太陽であります。

太陽に象徴された天照大御神(女神=女の役割の尊さ)は八百万神の中心の神であり、この神の出現が天の岩戸開きのことで、朝の太陽が昇る時であります。
この意味が、夜の真っ暗な時代から夢と希望の明るい昼の時代へと転換することなのです。

すなわち女性の真の価値=良妻賢母=天照大御神=朝の太陽は、最も古く日々新たなる永遠に変わらぬ価値だということであります。
この天意に目覚めますと、現代の深憂すべき社会現象を善化するためには、何としても急ぎ女性の本質=良妻賢母を取り戻すことだ!と判明してくるのです。

さてそこで終戦から今日まで180度転換した女性の意識を、今こそ更に180度転換し、一挙に一回転した360度に大回転して頂きたいのです。
一回転した「良妻賢母」は過去とは内容が全然違います。
般若心経に説く色即是空(凡夫・救われ)から、空即是色(覚者・救い)の良妻賢母になるということです。
すなわち戦前のような強制されたものでなく、女性の役割の尊さ大事さに目覚め納得し、自由意志で自主的に行う高次元の良妻賢母だということであります。

戦前と比べ、現代の社会環境は大きく様変わりしております。
生活は便利であり子供も戦前のようにたくさん生みません。
応用は大きく可能なのです。

女性の皆さん!
男と女の役割分担をはっきり認めたうえで
自分の進みたい道を選んでいかれたらよいのです。

最後に申し上げます。
最近の若い女性の服装はバラエティに富んではいますが、破れた衣服を着ることが流行していることが示すように、大事な清潔感が失われています。
子供に最も影響を与える立場にある女性が、美を求める心を失うことは由々しき事態であります。

確と自覚をしてください!
女性の目覚めなくして
日本が真に救われることは、絶対にありえないことを・・・。



平成18年9月6日
皇室に41年ぶりに未来の天皇になられる男児(親王)が誕生された日

文責・天皇の真実を知る会
会 長  河 内 正 臣

http://homepage2.nifty.com/sss2001/

 
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「良妻賢母の教育」論考の著者

 投稿者:谷本誠一  投稿日:2006年 9月20日(水)11時37分37秒
   日本を救済する「良妻賢母の教育」とは と題して「その1」と「その2」に分けて投稿致しました。しかし「その1」の際、投稿者名を谷本誠一としておりましが、それは河内正臣に訂正させて頂きます。確かに本会事務局長である谷本が本会会長である河内氏の論考を本掲示板に転載したものですので、投稿者は谷本ではあるのですが、文責そのものは河内氏であり、誤解を与えかねません。
 「その2」まで分けたのは文字数の関係で一度には書き込めないためで、「その2」末尾には著者としての河内正臣氏の名前が出て来るのですが、そこまでご理解頂けるには難があることに気づき、この場をお借り致しましてお詫びと併せ、訂正申し上げます。
 

日本を救済する「良妻賢母の教育」とは 〜その1〜

 投稿者:河内正臣  投稿日:2006年 9月20日(水)11時31分59秒
  日本を真に救済するために
「良妻賢母の教育」を取り戻そう
現代のすべての社会悪解決の決定打

現代の日本に、親殺し・子殺し・親の幼児虐待・育児ノイローゼ・少子化・ニート・フリーター等々の戦前はなかった異常といわざるをえない家族関係の事件が多発しています。
戦後、何故このような深憂すべき事態が生じてきたのでしょうか?
私が考えている最も重要な原因を申し上げます。
それは戦後民主主義=男女平等思想によって、女性の役割が軽視か無視、或いは拒否されてきたことにある!ということです。

育児ノイローゼの真因
ここ十数年来、育児ノイローゼの母親が増加しているといわれています。
私は、それが話題になった頃から「戦前も育児ノイローゼはあったのですか?」と、その年代の母親や女性、数十名に問うてみました。異口同音に返ってきた答えは「聞いたことがありません。」でした。
戦前は、子供も多く、生活も貧しく不便でした。にもかかわらず育児ノイローゼは、一人も居なかったというのです。理由は明らかです。
女性の意識の変革にあるということです。

戦前は、家事と育児は100%女性の責任だといった自覚がありました。
つまり、女性の役割に対し、愛と誇りと使命感があった!やる気があった!ということなのです。
やる気があれば困難に耐えられます。
その気持ちが子供に移り、忍耐力のある奉仕精神の旺盛な人間として一番大事な基礎(資質)が培われていたといえるのではないでしょうか。

人間(赤ちゃん)は、お腹に居るときから母親の影響(胎教)を受けます。
「三つ子の魂、百までも」と諺にありますように、三歳頃までには人格(人間性)が決まるといわれているのです。その間、子供はお母さんべったりなのです。
父親が説教しても判るはずもなく、父親の役割としては、ある程度成長してからと言うことであり、それまではお母さんの役割が、圧倒的に大事だと言うことになります。
そのときのお母さんの心掛けがうつるからです。
人間にとって最も大事なことは、性格(心・精神)のあり方であり、価値のある尊い性格とは、
忍耐と奉仕の心であり、その心を育てることに異存はないと思います。
しかし、戦後の母親は、男女平等思想によって、「生むことはしても、育てることは平等」と思い込んでおり、当然父親に頼る気持ちが生じます。いわゆる「やる気」が不足するのです。
やる気がないと、辛いこと事には耐えられません。

当然、困難な育児に耐えられず育児ノイローゼ状態となり、父親への不平不満が起こります。
そこに夫婦仲が悪化し、離婚に至る原因が生じます。
離婚まで行かずとも、母親の不満の思いは子供に感染し、尊敬されない父親となり、父親の威厳が失墜し、家庭が破壊し非行少年の激増となるのです。
父親の権威は、母親によってつくられるものだと自覚すべきです。

さてそこで今度は、反対に母親が「家事育児は全面的に私の責任」という自覚と、やる気を持ったらどうなるのでしょうか?
当然育児ノイローゼに負けず、夫への不満が起らず、子供に好影響を与え、その際父親は手伝うのは当たり前で母親に感謝が起こり、夫婦仲は円満となり健全な家庭生活が構築されるという好現象が生じてくるのです。

現代は戦前に比べ、子供は少ないし生活がはるかに便利です。
どうして家事と育児は、全面的に女性の責任という自覚が持てないのでしょうか?
勿論、男性が手伝うのは当然のことなのですが、女性の役割を自覚することの大事さを言いたいのです。

母性の衰退
戦後の男女同権の思想は、男と女の役割分担を拒否し、双方が同じことをするのが平等だといった、唯物史観次元での考えであり、近年はジェンダーフリーとか、男女共同参画条例といった政策で、その思考が一層強化されています。

男と女の役割分担という人間生活の基盤(自然の法則・真理)を無視してきたことによって、特に大事な男が絶対に真似のできない、女が子供を生み(人生の原点=根)育て、家庭を健全に守るといった女性本来の教育(婦道という言葉があるが、男(夫道)という言葉はない)が全くされなくなりました。
当然、女の特性である「女らしさ・女ことば」は消えていき、性格は男性化してゆきます。
(特に才能ある女性ほど→男の価値で女の価値を計る。)
社会環境を殺伐とした精神砂漠と化してしまったのです。
女性らしさ、女ことばを女性が大事にし、それが社会に満ちれば、当然社会は、潤いと安らぎと落ち着きのある好環境が現出してくるのです。

「女の時代」とは、この好ましい女性原理=女性の価値観が溢れたときのことだと私は信じているのです。

女性の役割を拒否した戦後のフェミニズム思想と教育ゆえに、必然「女の役割」といった自覚がなく、自覚がなければ、本来女性が有している「女らしさ・女の機能」は封印され発揮されなくなります。

女性が子供を生んだ時、どんなに出来の悪い子であろうと、わが子に対しては理屈抜きに可愛いい、損得を超えて愛おしい(損得を超越した愛が人間性を高める)という無償の愛=絶対の愛が生じます。
この絶対愛が神の愛であり、それが母親になった女性から自然に生み出される母性なのです。

歴史上の立派な人物に共通している事は、この母性の旺盛な母親に育てられているということのようです。
ところが最近の女性は、この母性が希薄になっており、そこに子殺し・いじめ・虐待・ニートといった社会悪が多発する最大の原因があるように思えるのです。

それではなぜ母性が希薄になったのか?

男と女の対抗心が激化
戦後の女性リーダーは、男女平等の基準を外の仕事に置いてきました。
仕事は賃金と能力が重視され、男と女が同じ価値観となり、損得と優劣をめぐって非常に対抗的になったのです。
この対抗(敵対)心は、目には見えませんが、社会に大変な悪影響を及ぼしています。

人間個々に発する想念は波動のひびきとなって大きな影響をあたえあっているのです。

この男女の対抗(損得)意識は、頭脳を刺激し知識が増えていきます。
ところが知識とは、倫理や高い宗教心が伴えば生きますが、辞書に「悪知恵」と言う言葉があっても「善知恵」という言葉がないように、大部分が自分を利するための悪知恵として働くのです。
それゆえ女性全般が、非常なエゴイストとなり、女性本来の母性の機能を麻痺させ、育児に障害を及ぼしていると考えられるのです。
男と女のエゴ
幼年の頃、女児は男児より成長が早いといわれます。
この頃、ちゃんと男には不可能な子供を生むということを基本にした女の役割、価値、尊さ(良妻賢母)を教えますと、良い種を植えたことになります。
それが女性としての芽生えとなり、自覚となり、成長するに従って女性本来の機能が自然に発揮され、素敵な女性(ヤマトナデシコ)となります。

反対に現状のごとく女性の役割を教えなかったらどうなるか?
率直に申しますが、女性は男性以上にエゴの心が強くなる性向があるのです。
理由は、「女は国家の為に生命を捨てられない」といわれますように(もちろん例外はあります。)子供を生む体質ゆえに保身性が強く現実的であるからです。
その証が、現在の離婚は女性からの要求が多く、特に熟年離婚は圧倒的に女性からということに示されています。

ここに「婦道」と言う言葉があるのに「夫・男道」と言う言葉がない天のさとしに気付いてください。

女性の役割の重大さ
戦後となり半世紀前ごろから、青少年の非行の問題は、大きな社会問題として論じられてきました。政治も公共団体も、教育関係者は勿論のこと、その解決に懸命に努力してこられました。
しかし結果は、良くなるどころか現代の世相が示しているように益々悪化するばかりなのです。
何故か・・・?
  解答は、明白です。 女性の役割に触れないからです。
男女平等思想ゆえに、女性の役割を主張すれば「また女性を家庭に閉じ込めようとする男の横暴だ!男女差別だ!」と、特に女性リーダーの声高の反撃に、このポイントがタブー化してしまったのです。

子供を生むということは、人生の原点であり、従ってこの世の根が女性の役割だといえます。
その一番大事な根が、タブーとなり触れられなかったのです。
根が表面に出れば、枝葉も、花も、実も、枯れます。
その枯れたところに水を与えても蘇生することはなく、益々枯れていきます。
根に水を与えてこそ蘇るのです。

国家・社会にとって、最も大事な基盤は家庭なのです。
家庭が良くなれば、全ての社会悪が消えていきます。
逆に悪化すれば社会悪はどんどん増加します。ただそれだけのことなのです。

この家庭の大事さの復活こそ亡国を阻止し、国家・社会を蘇生するまことに重大な方途です。
そのためには、女性の役割の大事さを復活する以外に他に方法はありえないことに、急ぎ
目覚めなければなりません。

少子化問題解決の決定打
現代、深刻な社会問題に少子化があります。
少子化対策として、担当大臣が話しているのをテレビで見聞しました。
その方策の柱は「子育てに国家が財政支援を強化する。」と言うことでした。
お金に頼り、子供を生ませるといった考えは邪道だと私は考えています。
損得を超えた母親の愛情こそが出生や育児に最も大事なことであります。

現在の少子化の原因は、独断ですが敢えて言います。
それは人間知を超えた天の深いはかりがあるのではないか?と私には思えるのです。
すなわち、只今のような女性の意識で多くの子供が生まれたら、良い子に育たず憂うべき事態が生じるからです。
少子化問題の真の解決は、前述したように、女性の役割の価値・尊さ・大事さを広く人々が認識することです。

「男は外。女は内。」この遠き昔より言われてきた当たり前の真理を復活することです。
この男女の役割・分担の自然の法則をはっきり自覚すれば、男が女の、女が男の分野に入ることは大いに結構であり、応用はいくらあっても構いません。
基礎が整っていれば、かえってバラエティのある活気ある好ましい事態が生じてくるでしょう。

ここで今一つ大事なことを申しあげます。

今日の時代、この男女の役割分担は、決して強制してはならないということです。
理由は後述しますが、女性自身が目覚め、納得し、自主的に自由意志で女性の役割を大事にして頂くことが肝心なのです。
以上述べたことを知らずして、少子化問題が真に解決されることはないというのが私の信念です。
 
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日本を救済する「良妻賢母の教育」とは 〜その1〜

 投稿者:谷本誠一  投稿日:2006年 9月20日(水)11時30分4秒
  日本を真に救済するために
「良妻賢母の教育」を取り戻そう
現代のすべての社会悪解決の決定打

現代の日本に、親殺し・子殺し・親の幼児虐待・育児ノイローゼ・少子化・ニート・フリーター等々の戦前はなかった異常といわざるをえない家族関係の事件が多発しています。
戦後、何故このような深憂すべき事態が生じてきたのでしょうか?
私が考えている最も重要な原因を申し上げます。
それは戦後民主主義=男女平等思想によって、女性の役割が軽視か無視、或いは拒否されてきたことにある!ということです。

育児ノイローゼの真因
ここ十数年来、育児ノイローゼの母親が増加しているといわれています。
私は、それが話題になった頃から「戦前も育児ノイローゼはあったのですか?」と、その年代の母親や女性、数十名に問うてみました。異口同音に返ってきた答えは「聞いたことがありません。」でした。
戦前は、子供も多く、生活も貧しく不便でした。にもかかわらず育児ノイローゼは、一人も居なかったというのです。理由は明らかです。
女性の意識の変革にあるということです。

戦前は、家事と育児は100%女性の責任だといった自覚がありました。
つまり、女性の役割に対し、愛と誇りと使命感があった!やる気があった!ということなのです。
やる気があれば困難に耐えられます。
その気持ちが子供に移り、忍耐力のある奉仕精神の旺盛な人間として一番大事な基礎(資質)が培われていたといえるのではないでしょうか。

人間(赤ちゃん)は、お腹に居るときから母親の影響(胎教)を受けます。
「三つ子の魂、百までも」と諺にありますように、三歳頃までには人格(人間性)が決まるといわれているのです。その間、子供はお母さんべったりなのです。
父親が説教しても判るはずもなく、父親の役割としては、ある程度成長してからと言うことであり、それまではお母さんの役割が、圧倒的に大事だと言うことになります。
そのときのお母さんの心掛けがうつるからです。
人間にとって最も大事なことは、性格(心・精神)のあり方であり、価値のある尊い性格とは、
忍耐と奉仕の心であり、その心を育てることに異存はないと思います。
しかし、戦後の母親は、男女平等思想によって、「生むことはしても、育てることは平等」と思い込んでおり、当然父親に頼る気持ちが生じます。いわゆる「やる気」が不足するのです。
やる気がないと、辛いこと事には耐えられません。

当然、困難な育児に耐えられず育児ノイローゼ状態となり、父親への不平不満が起こります。
そこに夫婦仲が悪化し、離婚に至る原因が生じます。
離婚まで行かずとも、母親の不満の思いは子供に感染し、尊敬されない父親となり、父親の威厳が失墜し、家庭が破壊し非行少年の激増となるのです。
父親の権威は、母親によってつくられるものだと自覚すべきです。

さてそこで今度は、反対に母親が「家事育児は全面的に私の責任」という自覚と、やる気を持ったらどうなるのでしょうか?
当然育児ノイローゼに負けず、夫への不満が起らず、子供に好影響を与え、その際父親は手伝うのは当たり前で母親に感謝が起こり、夫婦仲は円満となり健全な家庭生活が構築されるという好現象が生じてくるのです。

現代は戦前に比べ、子供は少ないし生活がはるかに便利です。
どうして家事と育児は、全面的に女性の責任という自覚が持てないのでしょうか?
勿論、男性が手伝うのは当然のことなのですが、女性の役割を自覚することの大事さを言いたいのです。

母性の衰退
戦後の男女同権の思想は、男と女の役割分担を拒否し、双方が同じことをするのが平等だといった、唯物史観次元での考えであり、近年はジェンダーフリーとか、男女共同参画条例といった政策で、その思考が一層強化されています。

男と女の役割分担という人間生活の基盤(自然の法則・真理)を無視してきたことによって、特に大事な男が絶対に真似のできない、女が子供を生み(人生の原点=根)育て、家庭を健全に守るといった女性本来の教育(婦道という言葉があるが、男(夫道)という言葉はない)が全くされなくなりました。
当然、女の特性である「女らしさ・女ことば」は消えていき、性格は男性化してゆきます。
(特に才能ある女性ほど→男の価値で女の価値を計る。)
社会環境を殺伐とした精神砂漠と化してしまったのです。
女性らしさ、女ことばを女性が大事にし、それが社会に満ちれば、当然社会は、潤いと安らぎと落ち着きのある好環境が現出してくるのです。

「女の時代」とは、この好ましい女性原理=女性の価値観が溢れたときのことだと私は信じているのです。

女性の役割を拒否した戦後のフェミニズム思想と教育ゆえに、必然「女の役割」といった自覚がなく、自覚がなければ、本来女性が有している「女らしさ・女の機能」は封印され発揮されなくなります。

女性が子供を生んだ時、どんなに出来の悪い子であろうと、わが子に対しては理屈抜きに可愛いい、損得を超えて愛おしい(損得を超越した愛が人間性を高める)という無償の愛=絶対の愛が生じます。
この絶対愛が神の愛であり、それが母親になった女性から自然に生み出される母性なのです。

歴史上の立派な人物に共通している事は、この母性の旺盛な母親に育てられているということのようです。
ところが最近の女性は、この母性が希薄になっており、そこに子殺し・いじめ・虐待・ニートといった社会悪が多発する最大の原因があるように思えるのです。

それではなぜ母性が希薄になったのか?

男と女の対抗心が激化
戦後の女性リーダーは、男女平等の基準を外の仕事に置いてきました。
仕事は賃金と能力が重視され、男と女が同じ価値観となり、損得と優劣をめぐって非常に対抗的になったのです。
この対抗(敵対)心は、目には見えませんが、社会に大変な悪影響を及ぼしています。

人間個々に発する想念は波動のひびきとなって大きな影響をあたえあっているのです。

この男女の対抗(損得)意識は、頭脳を刺激し知識が増えていきます。
ところが知識とは、倫理や高い宗教心が伴えば生きますが、辞書に「悪知恵」と言う言葉があっても「善知恵」という言葉がないように、大部分が自分を利するための悪知恵として働くのです。
それゆえ女性全般が、非常なエゴイストとなり、女性本来の母性の機能を麻痺させ、育児に障害を及ぼしていると考えられるのです。
男と女のエゴ
幼年の頃、女児は男児より成長が早いといわれます。
この頃、ちゃんと男には不可能な子供を生むということを基本にした女の役割、価値、尊さ(良妻賢母)を教えますと、良い種を植えたことになります。
それが女性としての芽生えとなり、自覚となり、成長するに従って女性本来の機能が自然に発揮され、素敵な女性(ヤマトナデシコ)となります。

反対に現状のごとく女性の役割を教えなかったらどうなるか?
率直に申しますが、女性は男性以上にエゴの心が強くなる性向があるのです。
理由は、「女は国家の為に生命を捨てられない」といわれますように(もちろん例外はあります。)子供を生む体質ゆえに保身性が強く現実的であるからです。
その証が、現在の離婚は女性からの要求が多く、特に熟年離婚は圧倒的に女性からということに示されています。

ここに「婦道」と言う言葉があるのに「夫・男道」と言う言葉がない天のさとしに気付いてください。

女性の役割の重大さ
戦後となり半世紀前ごろから、青少年の非行の問題は、大きな社会問題として論じられてきました。政治も公共団体も、教育関係者は勿論のこと、その解決に懸命に努力してこられました。
しかし結果は、良くなるどころか現代の世相が示しているように益々悪化するばかりなのです。
何故か・・・?
  解答は、明白です。 女性の役割に触れないからです。
男女平等思想ゆえに、女性の役割を主張すれば「また女性を家庭に閉じ込めようとする男の横暴だ!男女差別だ!」と、特に女性リーダーの声高の反撃に、このポイントがタブー化してしまったのです。

子供を生むということは、人生の原点であり、従ってこの世の根が女性の役割だといえます。
その一番大事な根が、タブーとなり触れられなかったのです。
根が表面に出れば、枝葉も、花も、実も、枯れます。
その枯れたところに水を与えても蘇生することはなく、益々枯れていきます。
根に水を与えてこそ蘇るのです。

国家・社会にとって、最も大事な基盤は家庭なのです。
家庭が良くなれば、全ての社会悪が消えていきます。
逆に悪化すれば社会悪はどんどん増加します。ただそれだけのことなのです。

この家庭の大事さの復活こそ亡国を阻止し、国家・社会を蘇生するまことに重大な方途です。
そのためには、女性の役割の大事さを復活する以外に他に方法はありえないことに、急ぎ
目覚めなければなりません。

少子化問題解決の決定打
現代、深刻な社会問題に少子化があります。
少子化対策として、担当大臣が話しているのをテレビで見聞しました。
その方策の柱は「子育てに国家が財政支援を強化する。」と言うことでした。
お金に頼り、子供を生ませるといった考えは邪道だと私は考えています。
損得を超えた母親の愛情こそが出生や育児に最も大事なことであります。

現在の少子化の原因は、独断ですが敢えて言います。
それは人間知を超えた天の深いはかりがあるのではないか?と私には思えるのです。
すなわち、只今のような女性の意識で多くの子供が生まれたら、良い子に育たず憂うべき事態が生じるからです。
少子化問題の真の解決は、前述したように、女性の役割の価値・尊さ・大事さを広く人々が認識することです。

「男は外。女は内。」この遠き昔より言われてきた当たり前の真理を復活することです。
この男女の役割・分担の自然の法則をはっきり自覚すれば、男が女の、女が男の分野に入ることは大いに結構であり、応用はいくらあっても構いません。
基礎が整っていれば、かえってバラエティのある活気ある好ましい事態が生じてくるでしょう。

ここで今一つ大事なことを申しあげます。

今日の時代、この男女の役割分担は、決して強制してはならないということです。
理由は後述しますが、女性自身が目覚め、納得し、自主的に自由意志で女性の役割を大事にして頂くことが肝心なのです。
以上述べたことを知らずして、少子化問題が真に解決されることはないというのが私の信念です。
 
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(無題)

 投稿者:忠告  投稿日:2006年 4月25日(火)09時17分46秒
  あれは何年前のことであっただろうか? 自分の記
憶から遠ざけたい気持ちがあるからあえて思い出そう
ともしない。しかし自分自身の心から分離することは、
私がぼけるか私の自然の死を待つしかないのだろうか。
自らの生を断つことも大袈裟すぎて...というよりも
自分に負けることの悔しさが私にはまだあるからでき
ない。
 
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