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新年会

 投稿者:鴨志田町  投稿日:2018年 1月17日(水)21時52分53秒
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  たのしみは新年会に水戸にきて話聞きつつワイン飲むとき

卒業以来毎年続けている新年会が、れぞなんす会ともうひとつ、かかし会である。かかしは3年5組の担任の先生のニックネームである。先生は数年前に亡くなった。
足腰が弱ったとか、眼がかすむとか、マッターホルンの山小屋に泊まったとかいう話を聞きながら、飲んだ赤ワインがとても美味かった。フランス産を確認しただけで、残念なことに銘柄は記録してこなかった。
 
 

遠いデータ2

 投稿者:あ(土曜日担当)  投稿日:2018年 1月12日(金)22時12分51秒
返信・引用 編集済
  この変な下宿の親父は六さんといって、実は伊達藩の代々の絵師の血筋であった。ある日ちょっと頼まれてくれないかと言った、大崎八幡の屏風などの絵を描いたのは父親で、その説明の掲示板の字を訂正してもらいたいという。掲示板はあの長い階段の一番下にある。行ってみると佐久間が佐久門になって長年を経ていた。まだマジックインキがないころで鉛筆で書き加えて 無事佐久間鉄園となった。食道楽の所もあり、すき焼きを好み、しめは必ず餅だった。残った粘度の高い汁の中で餅を煮ながらからませるとなかなかの味であり、今でもうちの習慣となっている。ほかに仙台の魚を種々食べた。雑煮のだしが仙台ではハゼということも知った。浜ぼうふうという海辺の草も教わった。ある日蒲生海岸に取りに行こうということになり、採ってきておひたしにしたがしゃきしゃきして旨かった。AAAというタバコの出た昭和三五年五月一日のことだった。震災関係で蒲生という名が出るたびに六さんのことを思い出す。書生めいた下宿生活も一年で切り上げて仙台一高の東側の裏柴田町でごく一般的な下宿を始めた。ローマオリンピックン年でもあった。こんなことを思い出しながら炬燵から庭のエサ台のメジロを見ている。メジロはオレンジジュースだけで来る(半分に切ったみかんも目につきやすい)ので皆さんも試みてください.ただし野生は慎重です、仕掛けても4,5日は警戒して近寄らないから気長に待ってください.写真は今朝の風景。  

遠いデータ

 投稿者:あ(土曜日担当)  投稿日:2018年 1月 9日(火)11時56分48秒
返信・引用 編集済
  昭和34年11月末私は大崎八幡の裏山の八幡住宅に住んでいたがあんまり良くないので同宿3人と一緒に下宿を出た。次は牛越橋から滝前町を少し上って右に折れた北五十人町とした。ここは一人の老人と賄のおばんつあんで暮らしている変則下宿であった。この老人東北学院大学で、新聞学(自称)なんて教えていたという。毎日よく話したがその中には、友人の野村胡堂とか弁論部にいたとか聞いた。久々に脳みその整理をしていたところそんな断片が出てきたので検索をかけてみた。確かに1912年早稲田大学の弁論大会で2等になっていた。1等賞はあの堤康次郎だった。100年以上前のこと、もう誰も知らないだろう。知って感激する係累もいないはず。そうやってデータは埋もれていくんだね。脳の記憶を選択的消す方法はないか。後が入らんで困る。  

スキャナー・製粉所

 投稿者:あ(土曜日担当)  投稿日:2017年12月31日(日)11時14分55秒
返信・引用 編集済
  KINGJIMのマウス型スキャナーMSC10を利用して久しい。新聞の中のある記事を取りたい場合などそこに持って行って左右上下に動かせば取り込める。ほかの時は有線マウスとして使える。ちなみに日経の歌壇など取り込んで読み返して傾向を見ているが、そんなことをしているから採択率ががくんと落ちてしまったのだろう。もひとつ愛用のもの、蕎麦屋である。小木曽製粉所という名前の県内チェーン店。大盛りでも540円(税込)が好評でほとんどの客がこれを食する。N市では駅前の真正面の店もある。ざるそばの仕上げにくぐらせる水槽には冷却管が通っていて、そばの冷たさもうまいのうちを感じる。今日のそばはどこ産との表示,おかずはえび天200円から日高昆布の天ぷら50円は泣ける・・・ああ語りだすと終わらない。マニアックな人が黙って食べている図は壮観。今日は大晦日、N地方北部でも雪の少ないこの辺は瓦屋根に雪が残っているくらいで年を越せそうだ。だんだん歳の終わりの感慨が乏しくなっていくのはさびしい。皆さんと良い年を迎えたいものです。27日にはお会いしましょう。  

蕎麦会

 投稿者:鴨志田町  投稿日:2017年12月28日(木)17時34分59秒
返信・引用 編集済
  たのしみは一度ながれし蕎麦会を暮のゆふべに集ひもつとき

茨城の地元は蕎麦の産地で、常陸秋そばのブランド名を付けて売り出している。近頃、儂はひょっとすると蕎麦が好きなのかなと思うようになってきた。
友人が打った蕎麦はそば粉7うどん粉3の割で、通常の繋がるそばではなく、ぶつ切りであったのを巻繊汁につけて、有り難く頂いた。これで、今年も無事に年が越せそうである。


 

曙覧フォロー

 投稿者:あ(土曜日担当)  投稿日:2017年12月25日(月)17時24分54秒
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   橘曙覧についてご存知には驚きました。たった52首ですが、これが独楽吟という名前で世に出て、果てはアメリカまで時を超えて伝わりました。
 『独楽吟』は1864年、曙覧53歳ころの作品で極貧ながらも、日常の些細な出来事に楽しみを求め、その喜びを感動的に詠み上げた。明治になってからは正岡子規に絶賛され、斎藤茂吉などにも多大な影響を与えたという。 1996年月13日、クリントン米大統領が、天皇・皇后両陛下の訪米歓迎式典において『独楽吟』のなかの一首、「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を引用しました。 ドナルド・キーン氏が編纂した『日本文学選集』の中に独楽吟の八首が英訳付きで紹介したからと言います。 What a delight it is When,of a morning,I get up and go out to find in full bloom a flower That yesterday was not there

 

橘曙覧

 投稿者:Kunchan  投稿日:2017年12月24日(日)13時11分43秒
返信・引用
  レゾナンストリビア投稿の昨年9月連歌会に橘曙覧風という短句(77)があり、
  夏18.三人(みたり)の児ども寝る蚊帳の内

確認したところ、「たのしみは 三人(みたり)の児ども すくすくと
    大きくなれる 姿みる時」
という独楽吟の中の歌の一部の語をとったもので、そのスタイルを真似たものではありませんでした。
 

断片2017-1

 投稿者:あ(土曜日担当)  投稿日:2017年12月16日(土)00時30分44秒
返信・引用
  さてこのたびは最近の投稿短歌の中に「たのしみは」で始まり「とき」で終る短歌が年々増加の傾向にあることに関するお願いでございます。もとより短歌は五七五七七のリズムが基本でありまして、これに加えての制約は、生徒の作歌における表現の自由を制限しかねないものと考えております。
私達の調査でも、このスタイルの歌が、幕末の歌人 橘曙覧(たちばなあけみ)によるもの(独楽吟)であり、6年生の教科書(光村図書出版)に3ページにわたる内容として掲載されて居り、授業を通して子供たちが同スタイルの歌を知り、試みる機会があることも分かりました。しかしながら、このスタイルの短歌は貴重な三十一文字の内七文字を費やしてしまい、表現内容にも乏しくなるばかりか、同傾向の歌の出現を招き、対応に困惑している状況です。
 そこで甚だ恐縮ですが、基本となる五七五七七のみに準拠した作品を中心にしての投稿をお願い申し上げる次第です。
ついでながら、橘曙覧につきましては、福井市に同氏の記念文学館があり、同館が主催して毎年、(楽しみ+時)のスタイルの短歌を募集し,優秀な作品の表彰等を行っております。同館に連絡を取られ、応募されることもよろしいかと思っております。
 

文字持つ蝶

 投稿者:あ(土曜日担当)  投稿日:2017年12月 9日(土)16時01分16秒
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  11月11日高校の同期会があって50人ほどが地元に集まった。私の組に丁度川柳、俳句、短歌をやるものがいるということで3人で三題話をやった。何か月ぶりで日経歌壇に載った日でもあったが、その件でアルファベットを持つ蝶の話をした。身近にいるCタテハ、Lタテハの話のつもりが翌日には、さっそく暇な人がネットで調べてアルファベットは全部いるようだとメールをくれた。それが添付の写真だ。蝶のほうはそのつもりではないのだが人間のほうが余計な詮索をしている。
そうそうあのルリタテハの幼虫はその後、蛹化のエネルギーもなく干からびて死んだしまった。蛹化の直前にはたくさん餌を食べて太るのだというがそんな兆候も見えなかった。庭の片隅でのんびりホトトギスの葉を食べていたのに悪いことをしたようだ。
 

ヒレアザミ

 投稿者:あ(土曜日担当)  投稿日:2017年12月 2日(土)23時36分18秒
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  三日ほど前に山すそを歩いていたら満開のヒレアザミに出会った。ヒレとは茎にヒレがついているからでここに生えている棘は結構立派で痛いから道具なしには茎から取るのは難しい。なぜそんなにアザミが身を守るのか疑問である。種はタンポポの種を数倍に大きくしたくらいで柄の先には菜種ほどの実がついている。このアザミは古い外来種らしく江戸時代の本には記載があるが万葉集には出て来ないという。アザミにはあまり縁がないなと思いつつ思い出してみると、この頃食べてないヤマゴボウのみそ漬けがあった。ごぼうというが「ゴボウアザミ」「キクゴボウ」「モリアザミ」などとの別名で呼ばれる立派なアザミに一種である。これは根を食べるもので薄切りにして朝ごはんに食べたら食欲も湧くというものである。皆さんも長野県の高原に来たとき買ってくれたのではないだろうか。また30年ほど前に同宿だったスイス人がアーチチョークというアザミの蕾を買ってきてゆでてマヨネーズをかけてくれたが、あまりうまかった記憶はない。別名チョウセンアザミというらしい。あとはあまりアザミは縁がない。これだけあればよいか。写真は今頃満開のヒレアザミ。右下の茎から強力な棘が出ているのが見えましょう。  

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